五色と二次の海につかる、日記

俳優/劇作家/アニメライターの細川洋平による日記・雑記です。

5色の海(その1)

迫りに足をかけ、ひょと飛び乗った。

頭上にある四角い枠の天井。その向こうからはOvertureのリズムに合わせて"観客”たちの怒号が聞こえる。"怒号"というのは比喩ではない。
「やっちゃるでい」
キ、とまゆ毛に力を入れカナコはつぶやいた。昇降の合図がイヤーモニターから届く。舞台監督の声は極端に鼻声で、聞く度に脱力してしまう。でも開演数秒前のこのタイミング、力を抜いたら命に関わる。カナコは腔内で「あーー」と声を出し舞台監督の鼻声を消した。
「10秒前、9、8、(あーーーーーーーーーーーーー)!」
失敗したと気づいたのはステージに舞い上がったとき。カウントダウンも掻き消してしまったのだ。空中で和風の衣装をはためかせながら、カナコは息を吸い込みマイクに向かって叫ぶ。

「かかってこーーーい!」

左から2発、右から2発、次々と空中に射出される音が聞こえる。もちろんカナコの同志がステージに姿を現したと言うことだ。
ズーンと胃に響く爆音。Overtureはクライマックスだ。観客へ向かって自己紹介の時間だ。
「カナコの赤はぁ?!」
「「「「鮮血の赤!!」」」」
力強いメンバー4人からのコール。5人の声が合わさる。
「私たち、5色の海アイドル、オーシャンクローバー隊です!!」

"客席"と呼ばれるフィールドとカナコたちが舞い踊るステージを隔てている防護壁が不穏な泣き声を上げる。押し寄せる"観客"の圧力によって軋んでいるのだ。
イヤモニにコードネームkwkmの声が届く。"観客"数がこれまでのライブとは比べものにならないほど多いという。代々木PARKでパフォーマンスしていた頃が懐かしい。カナコは少しだけ感傷に身を浸した。
"客席"のあちこちから爆煙が上がる。カナコの歌声を感知した量子爆弾が次々と閃いている。"観客"の四肢がそこかしこで花開く。カナコの足元に"観客"の頭部がべちゃりと落ちた。目が合った。「カ、カナコ……」そう聞こえた気がした。もちろんそれは気のせいだ。"観客”が地球言語を発するはずがないのだ。
「神聖なステージを汚さないでっ!」
カナコはサッカーボールを扱うように"観客"の頭部を蹴る。"会場"の重力は地球上の2分の1に設定されているため、"観客"の頭部はあっという間に10数メートル飛び上がり、放物線を描きながら蠢く"観客"の中へ消えていった。