五色と二次の海につかる、日記

俳優/劇作家/アニメライターの細川洋平による日記・雑記です。

ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン

はじまりましたね、「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」。
2回見ましたが、ひと言、「すげえ……」です。
たまらないです。

概要を書くと「ニンジャスレイヤー」というのは90年代にアメリカで書かれた同人小説で、
偶然手にし衝撃を受けた本兌有氏と杉ライカ氏(その後“翻訳チーム”となります)が日本語に翻訳し、99年にファンサイトを通じて発表したものの、ネットの黎明期だったため、なかなか広がりを生み出せなかった作品です。
2010年にTwitterで翻訳の連載をスタートさせると瞬く間に話題となり、コミカライズと今回のアニメ化に繋がったと、そういう長いスパンでの流れがあるわけですね。

まずは、同人小説であること。「おもしれえ!」と感動した翻訳チームが、原作の空気を最大限に活かしながら訳していったこと、Twitterで認知されるまで10年以上の月日が流れていることは知っておいてもいいかなと思います。

◆TRIGGER制作ということで、すんげー動くアニメを期待した

キルラキル」「リトル・ウィッチ・アカデミア」のTRIGGERが制作ということは。制作スタジオの作品履歴から純粋な方程式で解を導き出すと、そうだよね、という気持ちもわかります。
ですが、監督(今回はシリーズディレクター名義)に注目です。「雨宮哲」さん。「キルラキル」では副監督を務めている若手注目のアニメーターですが、「インフェルノコップ」ですでにシリーズディレクターを務めています。アメリカンコミックの様なイラストがFlashで動く「インフェルノコップ」の流れを汲んでいるのなら、と考えると、「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」の可能性・方向性は何となく見えてくると言うもの。

果たして、配信された作品は、作画とFlashの融合となる今までに見たこともないようなフィルムとなりました。

そもそも、月刊ニュータイプ4月号で、雨宮哲さんは「TRIGGERは『過去に培った手法は次では使わない』というぐらいのスタジオであってほしいと思っているんです」と語っています。その言葉を実践的に証明しているのが本作だということです。

◆何かすごい。

ぼんやり見ていてもすごい。でも、本作ではキャラクターデザインを担当している今石洋之さんのアニメ!アニメ!さんでのインタビューを見ていると、「忍殺語(ニンジャスレイヤーの世界で使われる独特の言語)や世界観を映像に置き換えた時にも、小説で受けた『文字』から来る衝撃を置き換えて表現したい」(大意)という意識が見られます。
今石さんは今回、キャラクターデザインというクレジットですが、立場上雨宮さんとは密な話し合いを設けられていると思いますので、思想部分は理解していると思います。

ですが、フィルム全体のコントロールは雨宮さん。
じゃあ、このFlashの感じは一体何なのかというところを考えてみます。まずはFlashでは身体的な表現が制限されます。いわゆる背景の画用紙に、キャラクターの絵が乗っていて、裏でマグネットを使って動かす、みたいな表現となるわけです。どうしてその手法を取ったのでしょう。
「ニンジャスレイヤー」はもともと英語から忍殺語に翻訳された作品です。つまりは言語段階で枷がある。少なくとも自由に解き放たれた言語を使われていないわけです。その枷を、Flashという手法で現している。のかなと。

◆時代に逆行進化する

80年代90年代にはコストをかけてオール作画、手描きでいくつもの作品が作られました。「絵が動く」というアニメーションの面白みを存分に試みた時代です。「オール作画でアニメーションは作れる」という実証は成されたわけです。ならば、次の歩みとして、その上でどう物語を語るのか、作品世界をどう絵として成立させていくのか、にクリエイターは頭を働かせるようになったのがゼロ年代、そして10年代なのではないでしょうか。

時代でくくるのはいささか乱暴かも知れません。ですので、今回はTRIGGER作品で考えてみます。TRIGGERが独立する前に、今石監督率いるガイナックスが制作した「天元突破グレンラガン」では、これでもかというくらい絵が動きました。ですが、その後、「パンティー&ストッキング」を経た「キルラキル」では、リミテッドアニメを効果的に使用したフィルムで中島かずきさんの“強いセリフ”を見事に絵として成立させることに成功しました。

◆言葉に対応する絵

キルラキル」は、やはりその言葉の強さが耳にも心にも残ります。ふり返れば「グレンラガン」もそうでした。シナリオを担当した中島かずきさんは劇団新感線の座付き作家として数々のエンターテインメント作品を書いてきました。「髑髏城の七人」「ロストセブン」「大江戸ロケット」「アテルイ」。それらは演劇的な手法(歌舞伎的なすっ飛ばしも含め)で、成立可能な、ぶっ飛んだファンタジーを創出させてきました。もちろん演出家いのうえひでのりさんの手腕に寄るところも大きいでしょうし、対応する俳優陣も強烈な個性を持った手練れの方々ばかりです。

アニメーションで、中島さんのセリフを表現しきれるのは、絵の強さ、キャラクターの濃さ、時空や次元を無視することにも説得力を持たせることのできるクリエイターに限られるのだと思います。その中で、TRIGGERはピッタリはまった。「キルラキル」の「マコ劇場」しかり、感情やシーンで大きさの変わる蟇郡苛しかり。ケレン味溢れる作画が、圧倒的な説得力となってあのある種むちゃくちゃな物語を成立させていったんだと思います。

そこから考えると「ニンジャスレイヤー」がこのような表現になったのはあまりにも必然だと、後付けではありますが、十分納得できるところです。Flashシーンにおいて残虐さを脱臼させ、滑稽さを際立たせ、あっという間に不思議な世界「ネオサイタマ」を創出させる。それも世界観を創出させるだけではなくて、原作小説から受ける“言葉の違和感”をも織り込んでいく。そして、印象的に描かれる作画シーン。「キルラキル」の時も感じましたが、レトロゲームを当時遊んでいた子どもたちが普通に行っていた「脳内補完」が行われているわけです。チープな画面が、作画シーンによって豊かな世界に補完される。止め絵でも動きを感じさせる並外れた画力があるからこそ成立するものでもあります。

声優陣やゴブリンさんによるナレーションのマッチングも見事です。一切手を抜かないことで、滑稽さが補強され、さらにゴブリンさんの、ややハスキーで軽さをもった声が、あまりにも濃い世界に逆のスパイス的要素を加えています。

「動かん」「期待してたんと違う」と思っている方は、もう一度、このフィルムを見て自分が何を受けとっているのかを考えてみるとおもしろいかも知れません。その上で、「やっぱ合わない」なら、見なければいいと思います。でも、やっぱすごいです。動かせるけどあえて動かさない、という部分に、作品に対するリスペクトや愛を感じます。

原作者であるブラッドレー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼズも、「実写で作れるようなものなら創らないで欲しい」とオーダーを出したようです。それを受けて、作られたフィルム。今後の展開などもゾクゾクします。

◆1話1話短いし、見つづけましょう

1話だいたい15分弱。サクッと見られる時間です。ニコ生でもそうですし、バンダイチャンネルやdアニメストアでも配信されていますので、出先や移動中に、何回もサクサクッと見られます。自分なりのおもしろポイントを見つけていくのもいいのではないでしょうか。

個人的にはsaitomさんや稲戸せれれさん、信じろさん、がデザインした、かわいーーーい女性キャラクターがどう動いていくのか非常にたのしみです。

◆手先でもないのに

配信版は画面比4:3ですが、パッケージ版では16:9で、見えなかった部分も見られるということで、こちらもたのしみです!!!