五色と二次の海につかる、日記

俳優/劇作家/アニメライターの細川洋平による日記・雑記です。

『聲の形』を見に行った時の事

先日映画を見に行った時の事。

京都アニメーションによるアニメーション映画『聲の形』を公開からずいぶん日が経ったタイミングで見に行きました。

事前に原作を読んでからの鑑賞だったので、見る前から気持ちは昂ぶっていたのです。
上映前に厳かな気持ちというか、あの原作を山田監督はどうフィルムにするのか、
また、あの重苦しい(悪い意味ではなく)テーマをどう料理するのか、あれこれ考えながら、
ひっそりと席に着き、荷物を座席の下にしまい、上映時間になりました。
上映時間と言いつつ、だいたいはじまるのは予告編ですが、それでも場内は暗くなります。
すると、
隣にサササッと動く影が。
え、うそ、虫? デカくない?!
焦ってバッと横を見ると中腰の人間が、座席の間に隠れながら、僕のすぐそばまで来ていました。
何?!!!
心の中で叫びつつ、小声で「え?」と言うと、影が言いました。

「あの、フィルム交換してくれませんか? 僕集めてて、たくさん持ってるので、ちょっと見せてもらって、交換しませんか?」

何週目かの来場者プレゼントで、生フィルムが配布されていたのです。
僕は荷物も多かったし、開けて確認するほど上映時間まで余裕もなかったので、
もらってすぐにポケットにしまっていました。

僕は、
開けて確認するほど上映時間まで余裕もなかったので
ポケットにしまっていたのです(必死)。
そして今、上映直前の予告編が流れています。

本編は初見だし、今めちゃくちゃテンションも高めていて、これからはじまるショーヤとショーコのヒリヒリする物語にこう、
没入しようと思っていた矢先、

忍の者は立て膝のまま(頭は背もたれより低い位置でキープ)やおらファイルを広げ、
「だいたい揃ってるので」
と数十枚に及ぶ生フィルムを目の前に突き出し始めました。
すごくファンで、何回も見たんだなあ。
と思いながらも……
こっちは初めて見るし、
いつ上映がはじまるかわからないし、上映前の心の準備を妨げられているし、
マジで何なのこの人、
と思いつつ、ポケットにしまっていたフィルムを取りだし、袋から出しました。

「(グイッ)あれ、何だこれ? (マジマジ)……あ、これ持ってないです……」

知らんがな

心の中で叫びつつ、小声で「はあ」と僕がいうと、影は言いました。

「ここにあるやつと交換してください」

ファイルをぐいっと突き出して来ます。
予告編は三つ目くらいになっています。
はじまるっ! いや、知らんけど、知らんけど、間違いなくもうすぐはじまるっ!
少なくとも友人に
「映画はみんなで見るものだから、環境含めて楽しまないと」
と諫められるくらい、面倒くさい僕の意識や集中が、
今はまだ上映に全然向かっていない……。
僕の中に焦りが募ってきます。

あと、ここ数年で気づいたのですが、僕はどうやら鳥目です。
暗いところが非常に弱く、特に映画館などは慣れるまでにものすごく時間が掛かるのです。
つまりファイル、が、見えないし。
加えて、ファイルにはいろんなシーンの生フィルムがあったようですが、

本編を見ていないから、わからない

全然ダメだわ(見えないし)、と思って、僕は立て膝の家来に言いました。
「上映終わってからでいいですか?」

今僕の手元にあるのが向こうが持ってないフィルムなら、上映見て、すごくいいシーンのダブっているフィルムと交換してもらおう、
と思ったわけです。そもそも僕は初見だから、どのフィルムでもいいわけですし。
とはいえ、ランダムで配布されたのでなければ、自分がほしいものと交換したい。

上映が終わってからゆっくり選ばせてほしい、と、提案しました。
予告編は淡々と進んでいます。
焦る。

予告編の音声に紛れて、横から抗議にも似た声が聞こえてきました。

「え、でも、終わったら帰るし……」


……。

みんなそうだと思うよ


影「今じゃダメですか?」
僕「いや、時間ないんで(はじまるし)」
影「あー……」

影は消えていきました。

……。

な、何?!

心の中で叫びつつ、ふぅと小さく息を吐いて、体を起こし、スクリーンに目を向けました。
スタンバイはゼロ時間。上映がはじまりました。


終わって映画館を出るとき、僕に声をかける人はいませんでした。
まあよかったです。
泣いて泣いて目が真っ赤だったから、恥ずかしかったし。

【『聲の形』本編のちょっとした感想】
本編はヨリのショットを多用し、人物や情景を「死んでも撮り逃してなるものか」という意気込みが伝わって来そうなくらい捉え続け、
キャラクターの心情を丁寧に織り上げ、編み上げ、苦しみや悲しみを画面からこぼれ落とす勢いで描き、
歯を食いしばって見つめ続けた後に、一瞬、ロングショットを用いて視界を開かせる。
牛尾憲輔の劇伴がそこにふんわりと、美しく重なり、物語を昇華させます。
痛く、美しい作品でした。